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長野地方裁判所 昭和49年(ワ)141号 判決

原告

甲野太郎

原告

甲野花子

右両名訴訟代理人

富森啓児

外三名

被告

長野県

右代表者長野県知事

西沢権一郎

右訴訟代理人

宮澤増三郎

宮澤建治

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

第一(本件事故の態様、ならびに本件大会の開始運営状況についての認定――事実関係)

一本件事故の態様

請求原因二の1の事実〈編注・本件事故の発生〉は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(1)  当日午前一一時一五分頃、柔道団体戦第二回戦において、原告太郎は試合開始後直ちに対戦者乙野次郎と対して、右手で次郎の左奥襟をつかみ、左手で次郎の右そで下をつかんで、いわゆる自然体のままもみ合ううちに、次郎が仕掛けた右跳腰の技により、原告太郎の足が高く跳ね上り、同時に頭部が下になつて、一瞬倒立状態のまま後記柔道場の畳の上に垂直に近い姿勢で落下したために、後頭部を強く畳に打ちつけ、第四・第五頸椎脱臼・頸髄損傷の傷害を負つたこと。

(2)  右傷害に至つた原因は、前記認定のような落下姿勢のために、原告太郎が受身の態勢を全くとることができなかつたことに専ら起着するもので、しかもそれが原告太郎の柔道の技量がとくに未熟であつたとか、同原告の不注意による等の同原告側の事由に起因する事故とは全く認められず、さりとて次郎の反則行為や、立会審判員の審判上の過誤に起因する事故ともまた認められないこと。

(3)  さらに、右事故は、県立長野高等学校内の金鵄会館柔道場において起つたもので、右競技施設はビニール製畳の下にスプリングの緩衝装置を備えた県内有数の良好な柔道場であつて、原告太郎が頭部を打撲した個所も、何らの異常はなかつたことが認められる。

(4)  右(2)の次郎に反則行為がなかつた旨の認定に反する、〈証拠〉は、たやすく信用できず、他に前記認定を左右できる証拠はない。

してみると、右試合自体に限れば、当事者ならびに審判員の責に帰すべき過誤は全くなく、また施設のかしも存したとは認められないから、結局右事故は柔道競技に本質的に内在している危険がたまたま発現したものと認めるを相当とする。

二本件大会の開催、運営状況

1  ところで、前記のような本質的に危険が内在している柔道競技を主催するに際してこれに関係する者は、一般に、右危険が発現しないように、予見可能な危険の態様のすべてにわたつて、事故発生を防止すべき万全の措置を講ずる注意義務を負うものと解するを相当とするところ、右義務は、試合自体に限らず、競技の運営ないしその準備にも及んでいるというべきである。

そこで、右の点につき検討をすすめることとする。

2  本件大会は、校長会(同会第一支会六部会)の企画、指導の下に開催、実施されたものであることは当事者間に争いがないが、〈証拠〉を総合すれば、

(イ) 本件大会の実施細目は、北信地区の定時制主事会による検討協議の結果決定されたものであるところ、北信地区の定時制、通信制あわせて一八校の参加が予定され、男子が籠球、排球、卓球、柔道、軟式野球の五種目、女子が籠球、排球、卓球の三種目で、種目別得点により男女総合優勝校、種目別優勝校等を決定する方式がとられ、柔道種目には八校が参加した。柔道種目の参加については柔道競技歴、段位等による参加資格の制限はなく、各高校長の参加承認と健康診断書を添付した申込があれば、団体戦各校一チーム選手五名、補欠二名、個人戦各校五名以内の定数内で全員の参加が認められた。競技方法は個人、団体戦とも無差別制、すなわち選手の体重による区別をしない方式で、一試合四分間のトーナメント方式が採用されていた。試合の組合せは、各校生徒代表による抽選で決定され、各校柔道部の実力及び個人の力量、競技歴等は調査されなかつたが、団体戦、個人戦とも事前に組合せ表が公表されていた。競技のルールは、高体連の主催する競技会で用いられるものを全面的に採用し、本件大会独自のものはなく、審判員には柔道競技及び指導経験を有する高校教員五名が選任され、講道館柔道五段の段位を有する山下三郎を審判長として競技運営責任者にあて、試合が行われた。

(ロ) 柔道種目は、前認定の長野高校金鵄会館の柔道場で試合が行われた。同柔道場は一一二畳の広さでその中央五〇畳を使用して一試合ずつ行われた。競技開始に先立ち、午前八時ころから約二〇分ないし三〇分間準備運動の時間が設けられ、各参加校ごとに準備運動が行われた。同時に教師二名、生徒三名によつて試合場及び用具の異常の有無の点検が行われ、審判長が出場生徒に対し、かわず掛け、締め技、関節技等の禁止事項、反則その他試合態度等についての説明、一般的注意をした後、午前九時ころから競技が開始された。各試合は、審判員三名、競技委員、記録委員の合計六名により進行して団体戦第一回戦が終了し、同第二回戦で須坂高校と長野商業高校が対戦中、本件事故が発生した。

三須坂高校長の選手出場に対する承認

1  同高校定時制柔道部の練習の実態

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故当時、須坂高校定時制柔道部は、同校教諭山本四郎を顧問とし、部員一〇名でそのうち初段の段位を有する者が五名おり、同校四年の中山五郎が部長を勤めていた。練習日は、火・木・金・土の週四日で、同校柔道場において、定時制授業が終了した後、午後九時ころから三〇分ないし四〇分間の練習が行われた。日常の練習では、部長の中山が部員を統率し、準備体操を行つた後、受身、約束練習、打ち込み、乱取り、等の練習がなされ、最後に受身をやつて一日の練習を終えるという方法がとられていた。同部顧問の山本は、対外試合出場の経験はないものの、講道館二段の段位を有し、練習日の大半は部員の練習に立会い、時折自ら柔道着を着用して実地の指導を行ない、あるいは各部員に対して技の掛け方、型など実技の助言を与えていた。そのほか、同校を卒業した柔道部の先輩が練習の指導にあたる場合もあつた。本件大会に同校柔道部が参加することが決つてからも、特に綿密な練習指導計画が立てられ、あるいは従前と異なる練習方法を行つたことはなかつたが、日常の基本的技術の反復練習のほか各自の得意技の練習に力を入れ、練習時間を延長するなどして大会参加に備えていた。

2  原告太郎ならびに対戦者次郎の、柔道の技量および健康状態の比較

〈証拠〉を総合すれば、原告太郎は、昭和二七年四月生れ、本件大会当時一九才で、昭和四三年須坂高校定時制に入学し、同時に富士通株式会社須坂工場に入社したが、それまで柔道の経験はなかつたところ、同社における二年間の社員研修期間中に体育授業として週に一回柔道を学び、同校三年となつた昭和四五年の秋ごろ同校定時制柔道部に入部し、練習日にはほぼ毎回出席して熱心に練習を行い、昭和四六年春ころ昇段試合に合格して講道館初段の段位を取得したものであり、対外試合の経験はなかつたが、同校柔道部の有段者の中でも平均的ないしはそれ以上の実力を有するものと部員や右山本から評価されており、本大会団体戦第一回須坂園芸高校との対戦では投げで一本勝していること、身長は一六六センチメートル体重は五七キログラムがつしりした体格で健康体であり、不調を訴えていたところは別になかつたこと、背負投げを得意技としていたこと、

他方、〈証拠〉によれば、対戦相手である次郎は昭和二七年一二月生れ、本件大会当時一九才で長野商業高校定時制四年生であるが、小学六年生・中学一年生のときにそれぞれ柔道の指導を受けたことがあり、右高校へ入学後柔道部に入つて、高校一年生当時昇段試験に合格、同三年のときに二段の試験を受けたが失敗し、本件大会当時講道館初段であつたこと、本件大会前定通制全国大会柔道選手として出場した経歴をもつていること、本件大会個人戦では、長野工業高校の選手と対戦し負けていること、身長は一七七センチメートル体重は九〇キログラムで、健康体であり、前記全国大会で少し肩を痛めてはいたが、その他の不調はなかつたこと、が認められる。

従つて、原告太郎は次郎に比し身長において一一センチメートル、体重において三三キログラム劣つており、次郎は定時制高校の全国大会へ出場した経験があるのに、原告太郎は本件大会出場が最初の経験である等、体格・柔道経歴において、次郎の方が優つているかにみえるが、両者はともに初段であつて、かつ原告太郎は須坂園芸高校との対戦で一勝しているのに対し、次郎は個人戦で一敗していることを対比すると技量・体格ともに明らかな格差があつて両者対戦の組合せは、危険防止のうえで、妥当を欠くほどの優劣が存したとは認め難い。

3  須坂高校長の原告太郎に対する本件大会出場承認について

〈証拠〉を総合すれば、須坂高校は本件大会の全種目に参加することを同校職員会議で決定し、柔道種目の参加者の決定は、部員間で協議の上選出し、顧問の山本教諭の承諾を経由し、同校々長が参加承認を与え、結局、有段者全員出場ときまつたが、同校長は右参加承認をするについて各選手の技量、競技歴等については、右の外特に調査したことはなかつた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

第二(被告の責任の有無――責任論)

1  債務不履行責任と国賠法一条にもとづく不法行為責任との関連

(1)  原告らは、公立学校とその生徒との在学関係は契約関係であると主張し、その契約関係に内在している安全保証義務に被告は違背した債務不履行があつたとして、まず、主たる請求として、債務不履行の責任を主張し、予備的に、仮りに然らずとするも国賠法一条にもとづく不法行為責任を主張する。

これに対し、被告は、公立学校の在学関係は契約関係ではなく、本来特別権力関係と解すべきものであるから、従つて、原告主張の債務不履行の責任は問うことができず、さらに、本件大会は校長会が主催したもので被告県とは関係がなく、公権力の行使にはあたらないから、国賠法一条の責任もまた成立しないと抗争する。

(2)  そこで考えるに、公立学校の在学関係は、教育行政と切りはなした本来の教育の分野においては、優越的な意思が支配し他方がこれに服従する関係にあるとみるべきではない。

さらに現行の教育関係法規をみても、公立高校であると私立高校であるとを問わず、学校教育法・教育基本法の適用をうけ、両者は同一の目的をもつ教育機関であるとされているのであつて、教育の分野においては本質的な差異を認めていない。そこで、公立学校の在学関係と私立学校のそれとでは、法律上その性質において異なるものではないから、公立高校の在学関係をとくに被告の主張する特別権力関係と解すべき、合理的な理由はない。

その在学関係は、後記のとおり、教育法上の合意を基調とするものというべく、その法律上の性質は契約関係と解すべきである。

しかし、そのような関係の下にあつても、かならずしも国賠法の適用は排除されるものとはいえない。

けだし、国賠法一条にいう「公権力の行使」とは、これを広義に解するを相当とするから、公共団体の作用のうち、非権力的な作用もこれに含まれると解すべく、従つて、公共団体の公立高校生徒に対する作用も、国賠法一条にいう「公権力の行使」というをさまたげない。

しかして、両者の適用関係は、ある範囲において競合し、いわゆる請求権の競合関係が生ずるものと解すべきである。

そこで、以下順次、両者の適用につき判断をする。

2  債務不履行責任

(一)  原告太郎は、主位的請求において、被告県の債務不履行による責任を問い、その前提事実として、被告県は、学校設置者として原告太郎との間に在学契約上の安全保証義務を負い、本件事故はその義務の不履行により生ぜしめられた旨主張する。

思うに、生徒が県立高校に在学する場合、右在学関係は、生徒と当該高校の設置者である県との間の契約にもとづいて基本的に成立し、これにより生徒は教育を受ける権利を取得し、学校設置者たる県は、生徒に対してその施設を供し、教職員をして、生徒に対し所定の課程を授業させる義務を負う。

もとより、県立高校は行政主体たる地方公共団体としての県が設置経営するものであるから、国民の福祉の増進、教育権等を保障する見地から私立高校等と異なる法的規制がなされ、これにもとづいて教育行政を行うことも当然であるけれども、そのような優越的意思による支配は、在学関係にまで及んでこれを規律するものではなく、右関係はもつぱら合意に基礎を置き、その合意が準拠する教育基本法、学校教育法等教育法令、さらには、教育目的にそう慣習、条理によつて補完され、これによつて規律さるべき契約関係と解すべきを相当し、この限りにおいては、県立高校における生徒の在学関係も私立高校のそれと別異に解する必然性はないものといわなければならない。

そして学校設置者たる県は、当該在学契約に付随する当然の義務として、教育条理及び信義則上、学校教育の場において生徒の生命、身体等を危険から保護するための措置をとるべき義務を負つているものと解される。

従つて、本件事故当時、被告県はその設置する県立須坂高校定時制課程に在学していた原告太郎に対し、学校教育の場において生ずる危険から同人の身体の安全を配慮すべき義務を負つていたものと認定するを相当とする。

ところで、右の安全を配慮すべき義務は、特定高校において生徒が学校教育を受けることを目的とする在学契約に付随するものであるから、当該在学高校の固有もしくは付随の学校教育活動に際して、その領域において、生徒の安全を配慮すべき義務であつて、その領域を離れて他の支配領域においては、その支配者ないし責任者がたとえ学校設置者と同一の県であつたとしても、その責任を要求されるものではない。そこで、本件事故との関連において、被告県にいかなる安全を配慮する義務があつたかを次に検討する。

(二)  本件大会の主催者が校長会であり、昭和四四年にその第一回大会が開かれてから三回目の大会であること、本件大会以前においては、北信地区の定時制通信制課程の生徒は、高体連と県教育委員会が主催する高校総体北信地区大会に参加することが認められていたが、北信地区の全日制および定時制高校の数が多く、競技日程上同一大会参加が困難であるところから、右高校総体とは別に北信地区定通制大会が開催されるに至つたものであることは、当事者間に争いがない。

さらに、〈証拠〉によれば、本件大会の開催について高体連及び県教育委員会は校長会に対して承認をし、定時制主事会は高体連専門部と緊密な連絡をとつて本件大会の企画、運営を行つていたことが認められ、これらの事実によれば、本件大会は便宜上の理由から、形式上、校長会が主催するいきさつとなつたけれども、その実質は、高校総体と全く変らず、その一部と認めて差支えないから、従つて、校長会という任意の団体の主催に応じ、各自が任意に参加した私設競技会とは到底認められず、高体連及び県教育委員会の管理、監督下に、高校教育上クラブ活動の延長として、北信地区の定通制各校の公的な参加を求めて、開催された公的な体育大会と認めるを相当とする。

しかして〈証拠〉によれば、高校総体は、高等学校教育の一環として行われるもので、学校体育クラブ活動の延長として、県下各高校の生徒が日頃鍛練の成果を発表し、技能の向上とアマチユアスポーツ精神の高揚をはかることを目的とし、特定高校独自の教育活動ではなく、地域の各高校に在学する生徒相互の親睦をはかるため開催する大会であることが認められるから、これと同一の趣旨、目的で校長会が本件大会を開催運営した以上、その責任の帰属主体は等しく被告県とはいえ、原告太郎は本件大会の参加によつて、前記在学契約を結んだ須坂高校の本来の教育活動の領域をもはや離脱し、校長会の支配運営下に繰み込まれるに至つたというべきで、本件柔道試合自体は、須坂高校の在学契約上の関係とは、直接かかわりあいのないものとなつたと解される。従つて被告県は本件大会の主催及び運営に関しては、原告太郎に対する在学契約上の安全を配慮する義務を負うものではない。

しかし、これに反し本件大会に原告太郎を参加出場させること自体は、須坂高校柔道部における体育クラブ活動そのものの延長として、同高校における教育活動の領域に属するというべきであり、右教育活動を行うについて須坂高校、従つて学校設置者たる被告県は、原告太郎に対して安全を配慮すべき義務を負つているものである。

(三)  そこで、以上の観点から、被告県に、原告太郎に対し安全を配慮すべき義務を尽さなかつた作為義務の不履行があつたか否かを検討する。

原告太郎は、山本教諭は基礎的な練習の不足による技量の未熟な同人を漫然と本件大会に参加させ、須坂高校長は同校定時制柔道部の無計画な放任体制を考慮せずに同原告の右参加を承認し、もつて安全を配慮する義務を懈怠した旨主張する。

しかし前記第一、三1・2において認定した事実によれば、同校柔道部は定時制高校という時間的に制約された環境の中で、一日三〇ないし四〇分間、週四日の練習を継続的に行い、受身などの基本的技を反復練習しており、原告太郎はほとんど欠かさず出席して練習していたのである。また原告太郎は、対外試合の経験がなかつたけれども、柔道初段の段位を有し、同校柔道部の他の有段者に比較して実力が劣るということはなかつたのであり、他に同人の柔道技量が未熟であること、健康状態が適していなかつたことなどにより、右対外試合に出場しうる能力が欠けていたと判断しなければならなかつた事実は何ら認めることができない。このような状況の下で、指導教諭山本が原告太郎が本件大会での試合を遂行しうる技量を有するものと判断したうえ、同人の本件大会参加に承諾を与えた措置は、同教諭がその教育専門的立場から負わされている指導上の安全を配慮する義務に何ら違反するものではない。

さらに、山本教諭は、柔道二段の段位を有し、指導上必要な柔道専門知識に欠けるところはなく、日頃の練習を直接指導している関係上部員の技量を最もよく知りうる立場にあつたのだから、右のような指導体制がとられている以上、学校管理者である須坂高校長が原告太郎の本件大会参加を承認するに当つて、前記第一、三の3で認定したような資格審査にもとづき、他に柔道部の練習状況及び同人の技量を格別調査せず、右山本の判断に従つて参加の承認を与えた措置は、学校管理者として課せられた安全を配慮する義務を欠いた違法はない。

以上のとおり、原告太郎を須坂高校の柔道選手と選定のうえ本件大会に参加させるについて須坂高校長ならびに山本教諭のとつた各措置は教育指導上課せられた安全を配慮すべき義務に違背した事実は何ら認められないから、従つて過失はないと認定できる。

よつて被告県に右義務の不履行の責任がある旨の原告太郎の主張は、これを認めることができない。

3  国家賠償法による責任

(一)  被告は、本件大会の主催者は、自主的・任意的に組織された団体である校長会であつて、県教育委員会は主催者ではないと主張する。

しかし、前記第二2(二)で認定したとおり、校長会が主催するようになつたいきさつは、便宜的理由から形式上そうなつたにすぎず、実質は高校総体と全く異ならないから、従つて、本件大会は高体連及び県教育委員会の管理・監督下に高校教育上クラブ活動の延長として開催されたものと認められる。

そこで、本件大会の開催運営は、とりもなおさず、公共団体たる被告県の作用と認めるを相当とする。

また、前記第二1(2)において説明したとおり、国賠法一条の「公権力の行使」とは、これを広義に解するを相当とするから、本件大会の開催運営のごとく、公立高校生徒に対する被告県の作用は、これにあたると解すべきである。

(二)  原告らは、原告太郎を本件大会に参加させるについて、公務員たる須坂高校長、同校教諭山本にその職務を行うについて過失があつた旨主張するが、その主張する過失の前提たる注意義務の内容は、同原告が被告県の債務不履行責任を問うさい前提とした、いわゆる安全保証義務と同様であることは、原告らの主張によつて明らかである。

してみると、前記第二2(三)と同様の理由により、右の注意義務を怠つた違背は認められないから、右両名に原告主張の過失を認めることができない。

(三)  次に原告らは、校長会は、本件大会の開催に当つて、各出場生徒の技量について調査せずに、各学校長の参加承認を信頼して生徒の柔道競技参加を認め、各高校定時制柔道部の実情を考慮することなく、抽選による試合の組み合せ、無差別制による競技を採用する等その運営上の過失により本件事故を発生させたと主張するので、以下この点について検討する。

前記第一、二で認定した事実によれば、本件大会においては、柔道種目の生徒の参加資格につき、柔道競技歴、段位等による制限は設けておらず、大会主催者である校長会が各出場選手の日常練習の状況、技量等を自ら調査することもなく、当該生徒が在学する各高校の校長の参加承認と健康診断書の添付があれば、申込みのあつた生徒の全員参加を認めることとされていたことが窺われる。

また同三2で認定した原告太郎ならびに対戦者乙野次郎の各柔道の技量・健康状態を対比すると、両者はともに初段で技量に明らかな格差が存したことは認められないが、対外試合の経験においては次郎の方が原告太郎より一日の長があつたうえに、体格上も右次郎の方が優つていたことを窺うに難くない。一般に柔道の対外試合において、出場選手が対戦相手の技、動きに即応した、受身・防禦等の動作によつて、自己の安全を守る技量を有するかどうかは、当該選手の柔道経験が皆無であるとか、柔道を習い始めたばかりの初心者であるというような極端な場合なら格別、講道館初段の認定を有する、いわゆる有段者同士においては、双方受身を中心とする基礎的技術の習得はもはや充分であると認定して何ら差支えのないところであつて、従つて原告太郎を対外試合の出場資格者と認定し、対戦相手を抽せんにより無作為に組合せ決定したことは一般的にいつて妥当を欠いた措置とはいえない。

さらに前記のとおり、初段同士の有段者の対戦において有段者が通常有する受身の技量を以てしても、なお防禦しきれないような技がかかることは、柔道という本来危険を内包している競技の性質上、全くあり得ないこととは決していえない。従つて、柔道競技会の主催者が、あらかじめ、このような危険を回避する措置をとることは、対戦者の技量ないし健康状態に明白な格差があることを審査のさい見落す等の過誤のある場合は格別、事実上不可能であるから、競技会の主催者は、出場選手の技量、競技適性、危険回避能力等の判断を当該出場生徒の在学する高校の指導教師に委ねざるを得ないものと解されるのであつて、本件大会主催者である校長会が、参加生徒の技量、柔道経歴等、各高校長の参加承認と健康診断書の提出という書類上の審査をもつてこれに代え、その参加資格を認めて、他に制限を設けなかつたからといつて、本件大会の開催・運営体制に瑕疵があつたということはできない。

また、いわゆる無差別制を採用する場合は、選手の体重に著るしい差異がある場合、試合の勝敗に大きな影響を与えるという特徴を有することは一般に否めないが、体重による差別は本来設けないことを標ぼうしているといわれる柔道競技においては、体重の軽重が原因となつて選手が試合中に負傷する危険性が高いと認められるような特別の事情のない限り、対外試合において無差別制を採用することをもつて競技運営方法が妥当を欠くとは一般に断じ難く、原告太郎の体重は五七キログラム、次郎のそれは九〇キログラムで、次郎が体重において三三キログラム優つておつたことは第一の三2において認定したところであるが、両者の段位・技量ならびに高校におけるクラブ活動の延長という教育上の趣旨を勘案すると、無差別制を採用し、右の程度の体重の違いのみによる差等を設けなかつた校長会の競技運営方法に危険防止上の妥当を欠いた過失があつたということはできない。

また、前記第一、三で認定した事実によれば、定時制高校柔道部は一般に全日制に比して練習量は充分でなく、原告太郎の練習量も時間的制約があるにせよ本件大会自体が外形的条件において全く同等の定時制高校の生徒のみが参加する柔道競技会であるのであるから校長会が本件大会柔道競技の試合組合せを一律に抽選により決定し、その結果、原告太郎と乙野次郎とが対戦する結果となつたけれども、両者の対戦は、危険防止上妥当を欠く技量・体格上の明白な格差を生じていたというものではないことは、いままで説明してきたとおりであるから、右抽せんによる組合せの決定は結果においても具体的に不都合ではなく、従つて以上の点で、本件大会運営上の過失があつたということはできない。

その他に、本件大会を全日制高校の柔道対外試合と同一の方式で開催したこと、ならびに本件柔道競技の設備・運営上過失があつたと判断される事実を認めるに足りる証拠は何もない。

従つて、本件においては国賠法一条の、公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについての過失は何れの点においてもこれを認めることはできないから、被告県は原告両名に対するその責任を負わない。

第三(結論)

以上認定のとおりであるから、原告太郎が本件大会に参加することに承認を与えた須坂高校長及び同校教諭山本並びに本件大会を主催運営した校長会には、本件事故発生についての安全を配慮する義務の不履行、ないし不法行為としての過失を認めることができない。したがつて、被告県は、本件事故によつて原告らの蒙つた損害につき、債務不履行の点からも、また国賠法の点からも、いずれの点から考察してみても、現行法制上はその責任を問えないものといわなければならない。よつて、その余の事実を判断するまでもなく、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(林田益太郎)

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